水は、家の血脈である

住まいを人の身体になぞらえるのは、風水のもっとも古い発想のひとつです。 現存最古の住宅風水書『黃帝宅經』は、こう書いています。

宅以形勢為身體、以泉水為血脈、以土地為皮肉、以草木為毛髮、以舍屋為衣服、以門戶為冠帶。 宅は、地形の勢いを身体とし、泉や水を血脈とし、土地を皮膚と肉とし、草木を毛髪とし、家屋を衣服とし、門や戸を冠と帯とする。 『黃帝宅經』

水は家の血脈である。この見立てに立つと、水回りの意味がすっと通ります。 血は、巡っているかぎり体を養いますが、滞れば病のもとになる。 家の水も同じで、きれいに流れているあいだは家を養い、汚れて滞れば、そこから家全体の気が濁っていきます。 トイレや排水口は、いわば血脈の出口です。 出口が詰まった体が健やかでいられないように、水回りの汚れた家で気だけが清らかである、ということはありえません。

古人がトイレを「要所」に数えなかった理由

面白いことに、家の吉凶を門・主・炉の三つで断じた清代の『陽宅三要』は、便所をその三要に入れませんでした。 門は気の入口、主は人の休む場所、炉は食の生まれる場所。いずれも「良い気を生み、受け取る」ための要所です。 対して便所は、良い気を生む場所ではなく、穢れを外へ出すための場所。 つまり水回りは、吉を招く場所ではなく、凶を溜めないための場所なのです。

この一点を押さえると、巷の俗説の評価が定まります。 トイレに何かを飾って運気を上げようという発想は、そもそも出発点が違う。 あの部屋にできる最良の風水は、飾ることではなく、汚れと湿気を溜めず、淀みなく流すことです。 盛り塩よりも掃除。金運の小物よりも換気。 身も蓋もないようですが、これが本場の理論から出てくる、まっすぐな結論です。

凶星の宮にこそ、水回りを

もう一歩、専門的な話をします。 玄空飛星では、建物の坐向と築年から盤を起こし、九つの宮それぞれの吉凶を読みます (詳しくは玄空飛星のコラムへ)。 このとき、病符や五黄といった注意すべき星が伏せている宮にトイレや浴室が当たっていると、 私はむしろ「良い配置ですね」と申し上げることがあります。

理屈はこうです。凶星の宮は、旺気で満たすべき場所ではなく、力を削いでおきたい場所。 水回りは日々気を流し去る場所ですから、凶星の気を洩らし、蓄積させない働きをしてくれます。 逆に、財を司る旺気の宮にトイレが当たっている場合は、せっかくの財気が流れ去りやすい配置ということになり、 使い方や換気・照明の工夫で手当てを考えます。 トイレの吉凶は、家のどの宮にあるかで一軒ずつ違う。「北のトイレは凶」といった一律の話ではないのです。

今日からできる三つのこと

盤を立てるのは専門家の仕事ですが、どの家にも共通して効く手当てが三つあります。 第一に、蓋と扉を閉めること。トイレの蓋、浴室の扉、排水口の蓋。 穢れた気の出口は、使うとき以外は閉じておくのが作法です。 第二に、換気と光。窓のないトイレなら換気扇は回しっぱなしでかまいません。 湿気と暗さは、それだけで陰の気を育てます。 第三に、水漏れを放置しないこと。血脈の見立てでいえば、水漏れは内出血です。 ぽたぽたと落ちる水音を「そのうち直そう」と放っておく家は、財も少しずつ漏れていくと、古来言い習わされてきました。

むすびに

水回りの風水は、突き詰めれば「家の血をきれいに保つ」という一点に尽きます。 特別な置き物はいりません。よく流し、よく乾かし、よく閉じる。 毎日の何気ない習慣こそが、この場所での最強の風水です。 そのうえで、わが家のトイレがどの宮に当たっているのか、洩らすべき場所なのか守るべき場所なのかを知りたくなったら、盤を立てる段階です。どうぞ一度ご相談ください。