引越しは、選べる運である
生まれる時と場所は選べません。けれども、住む場所と移る時期は選べます。 運命のなかで人が自分の手で動かせる数少ない変数、それが引越しです。 古代中国で軍師たちが磨いた奇門遁甲は、まさにこの「動く時と方角の選択」のための技術でした。 学びの背骨とされる古歌は、時と方位が揃ったときの姿をこう歌います。
吉い時に、吉い方角へ。それだけで百事が欣欣(きんきん)と運ぶというのは、いささか気前のよすぎる約束に聞こえるかもしれません。 けれども逆から考えると腑に落ちます。 悪い時期に、悪い方角へ、疲れ切った状態で移った新居で、快調な新生活が始まるでしょうか。 動き方の巧拙は、確かに結果に響くのです。
順序を間違えないでください
引越しのご相談で、まずお伝えしたい大原則があります。 方位や日取りよりも先に、物件そのものの吉凶を見る、という順序です。
どれほど吉方位へ、どれほど吉日に移っても、移った先の家が悪ければ意味がありません。 方位は一度きりの通過点ですが、家はこれから何年も住み続ける器です。 ですから実務の順序は、第一に候補物件の図面と立地を見る (マンション選びのコラムに書いた坐向・明堂・周辺の形の話です)。 第二に、決めた物件の飛星盤を起こし、家族の命卦と照らす。 第三に、その家へ「いつ・どちらから」入るのが良いかを択ぶ。 方位と日取りは、良い家を選んだあとの仕上げなのです。
方位は「どこから見て」の話か
日本で広く知られる九星気学の方位術では、現住所から見た移動方位の吉凶を年盤・月盤で見ます。 奇門遁甲でも同じく、いま住んでいる場所を起点に、移る方角を盤で確かめます。 ここで大切なのは、方位の吉凶は万人共通ではないということです。 同じ「今年の南西」でも、ご主人には吉、奥様には注意、ということが普通に起こります。 ご家族の引越しでは、全員の生まれを並べたうえで、誰を軸に択ぶかを決める。 一般には家計を支える方を軸にしつつ、他のご家族に強い凶が当たらない日取りへ調整していきます。
どうしても避けられない方角と時期に移らなければならないことも、現実にはあります。 転勤や入学は、盤の都合を待ってくれません。 そうした場合のために、択日の技術には逃げ道が幾重にも用意されています。 日取りをずらす、経路に一泊置いて方位を変える、入居と搬入の日を分ける。 鑑定では、ご事情の動かせない部分を伺ったうえで、動かせる部分だけで最善を組み立てます (奇門遁甲の門については八門と出行のコラムもご覧ください)。
入居の日の、小さな作法
日取りが定まったら、最後は入居の朝です。昔から伝わる作法をいくつかご紹介しておきます。 新居に最初に運び込むのは、米や塩、やかんといった「火と食」にかかわるもの。 生活の火種を最初に入れる、という意味があります。 入居の時刻は午前が吉とされ、遅くとも日のあるうちに。 そして最初の晩は、湯を沸かし、温かいものを口にしてください。 新しい家の炉に火が入ってはじめて、その家はあなたの家になります。 どれも簡単なことですが、こうした節目の所作は、家との縁の結び目になります。
むすびに
引越しは費用も労力もかかる大事業で、方位だ日取りだと言われても、正直それどころではない、というのが実感かもしれません。 けれども、だからこそ申し上げたいのです。 数十万円の引越し費用と何年もの暮らしがかかる決断において、「いつ・どちらへ」の検討にひと手間かける価値は、十分にあります。 物件の候補が絞れた段階、できれば契約の前に、間取り図を持ってご相談ください。 その段階なら、まだすべてが選べます。