時代の主役は、二十年ごとに席を移す
八運は艮、九運は離が司ります。艮は東北の方位であり、若い男、山、積み上げること、そして不動産を象意に持ちます。離は南の方位で、火と光、美と文明、映像や名声、そして中年の女性を象意とします。盤の中心を動かさずに置けば、どの方位の気がその二十年に勢いを得るのかが見えてきます。私はその中心を、皇居に取ります。長期間にわたって検証を重ねてきましたが、皇居から見てどの方角が栄えたか。それを追うだけで、過ぎた二十年の輪郭が驚くほどはっきりと浮かび上がってくるのです。
八運の二十年、東北の方位が時代の中心になった
八運に入って間もない2005年、皇居の東北にあたる秋葉原から、つくばへ向かう新しい鉄路が引かれました。つくばエクスプレスの開通です。同じ年の暮れには、その秋葉原にAKB48の劇場が生まれました。東北は艮、艮は若い男と、小さきものを集めて積み上げる気質を持ちます。収集と熱中、いわゆるオタクの文化が秋葉原を震源に膨らみ、やがて世界へ広がっていったのは、私には艮の気が地上で爆ぜた光景に見えます。手のひらに収まる小さな機械、携帯電話やスマートフォンが暮らしを覆い尽くしていったのも、手と小さきものを司る艮らしい出来事でした。
この二十年、土地の価格もまた長い目で見れば上がり続けました。艮は山であり、不動産そのものを表します。気の主役が艮にあった時代に、建物と土地へ富が積み上がっていったことは、象意のうえで筋が通っています。
それでも、土地はまだ熱を手放さない
正直に申し上げると、私はこの不動産の勢いが、八運の終わりとともにもっと早く緩むと見ていました。気の主役が艮の東北から離の南へ移り、長らく続いた超低金利にも、ようやく終止符が打たれたのです。日銀が2024年にマイナス金利を解除したとき、私は内心、やはり利上げが来たかと身構え、不動産の暴落に備えていました。理屈のうえでは、金利が上がれば土地や建物の値は落ち着くはずだったのです。
ところが現実はそうならず、とりわけ都心の好立地は、高い値をつけたまま今日まで来ています。建築費の高騰と、物価が上がる時代に実物の資産を持っておきたいという人の心が、艮の余熱を長く保たせているのでしょう。予想を一つ外したことになります。ただ、だからといって今後を楽観しているわけではありません。むしろ、これまでのように手放しでは見ておらず、引き続き警戒の目を緩めずにいます。運は移っても、前の時代の名残はしばらく地上にとどまる。その引き際こそ、街を読むときに最も気の抜けないところだと考えています。
もう一つの暦、二元八運で読み直す
ここで、玄空にはもう一つの時間の数え方があることを思い出しておきたいのです。二元八運と呼ばれるもので、先天の卦が持つ陰陽の爻によって、各運の長さを変えて数えます。陽の爻は九年、陰の爻は六年。この数え方では、八運の艮は先天の震卦にあたって二十一年、九運の離は先天の乾卦にあたって二十七年となります。年代に直すと、八運は1996年から2016年まで、九運は2017年から2043年まで。広く使われる三元九運が八運を2004年から2023年、九運を2024年からと見るのと比べると、始まりが七年ほど早いのです。
| 数え方 | 八運(艮・東北) | 九運(離・南) |
|---|---|---|
| 三元九運 | 2004年〜2023年 | 2024年〜2043年 |
| 二元八運 | 1996年〜2016年 | 2017年〜2043年 |
興味深いのは、どちらの暦も「いまは離が司る火の時代であり、それが2043年に終わる」という点では一致していることです。食い違うのは始まりだけ。そしてこの違いが、街を読むうえで思いのほか効いてきます。
九運、南方位の時代は、2017年に静かに始まっていた
二元八運に従えば、離の火が時代の主役になったのは2024年ではなく2017年です。思い返せば、動画配信が娯楽の中心へ躍り出て、配信者という生き方が当たり前になり、画面映えという言葉が暮らしに根づいたのが、ちょうどあの頃でした。火は光であり、映像であり、人の目を集める華やぎです。南の気は、二〇二四年を待たずに、もう兆していたと見ることができます。
皇居の南、高輪ゲートウェイの駅もそうです。暫定の開業は2020年でしたが、その本体工事が着工したのは2017年2月のこと。二元八運が九運の幕開けとする年に、寸分違わず重なります。鍬入れの時からして、すでに南の時代の出来事だったのです。
二つの暦を重ねて眺めると、2017年から2023年までは、艮と離が手を重ねる移行のひとときでした。秋葉原に代表される収集の文化がなお続きながら、その傍らで南の映像文化が一気に膨らんでいった。あの数年の街の空気が二つの色を帯びていたのは、私には偶然と思えません。
そして九運、光は南へ向かう
主流の三元九運でも、2024年からはっきりと離の九運へ入りました。二つの暦がそろって南を指したことになります。その節目に歩調を合わせるように、皇居の南の高輪で、2025年に高輪ゲートウェイシティがまちびらきを迎えました。私はこの符合を軽くは見ていません。これから二十年、勢いは南へ移ります。高輪に続いて、その線上にある品川、そして皇居のすぐ南の虎ノ門あたりも、気を受けて伸びていくと見ています。
離が照らすもの、文化と映像と、女性の二十年
離の象意は、そのまま九運の風景を予感させます。火は光であり、映像であり、表に現れる華やかさです。アートやアニメは八運までの勢いをさらに増し、画面を通じて人を集める文化はいよいよ栄えるでしょう。動画の世界は頭打ちに見えて、まだ底が来ていないと私は考えています。
離はまた、華やぎや見栄え、そして投資をも象意とします。私の目には、いまの投資熱はいささか過熱して映りますが、火の時代である以上、この投資ブームもしばらくは続くだろうと見ています。美しさや装いに関わる産業、美容の広がりも、同じ火の管轄です。
そして離は中年の女性を象意とします。これからは女性、とりわけ円熟した女性が時代の中心に立ち、その地位はいっそう高まっていくでしょう。八運から続くオタク女子の流れも、しばらく途切れないように思います。
ただ、離の卦にはもう一つ、見落とせない顔があります。離は中が空ろな卦、いわゆる中虚であり、その文字どおり「離れる」「散る」という意味も帯びています。中女、中虚、離散。この三つの象意を重ね合わせると、少子化や晩婚、生涯未婚や離婚の増加、そして世帯がどんどん小さくなっていく流れは、これからの二十年でいよいよ加速していくと、私はほとんど確信しています。華やかな火の時代は、その裏側で、人と人とのつながりが細く分かれていく時代でもあるのです。
いま私が目を離せないのは、横浜です
そしてもう一つ、私が強く惹かれている土地が横浜です。横浜もまた、皇居から見れば南へ大きく開けた土地で、九運の南の気を受け取る位置にあります。そしてここには、時間が螺旋のように戻ってくる気配があります。
いまから三百六十年あまり前、横浜では一つの大事業が動き出していました。吉田勘兵衛が江戸幕府の許可を得て入海の埋め立てに着手したのが1656年、最初の潮除堤を築いたのが翌1657年のことです。じつはこの1657年という年、二元八運の物差しで数えると、ちょうど一つ前の九運が幕を開けた年にあたります。いまの九運が2017年から2043年であるように、その三百六十年前の九運は1657年から1683年。横浜という都市の土台が築かれはじめた時と、火の運の始まりとが、見事に重なっているのです。
工事は一度は大雨に崩されながらも、1667年に吉田新田として完成しました。その完成から三百六十年後にあたる2027年、横浜は旧上瀬谷の地で国際園芸博覧会、GREEN×EXPO 2027を開きます。着工も完成も、火の運の節目にぴたりと重なる。埋め立てが一つの完成を見たあの土地が、ふたたび大きく伸びる支度を整えたように、私には見えます。
しかも横浜の物語は、万博一つでは終わりません。その同じ上瀬谷の地には、博覧会の幕が下りたあと、東京ディズニーランドに並ぶ規模の大型テーマパーク、KAMISEYA PARKが2031年の開業を目指して控えています。人を集め、光と娯楽で土地を沸かせるという構えは、火と華やぎを司る離の九運に、驚くほどよく似合います。万博を皮切りに、この一帯がしばらく目を離せない場所になる可能性は、非常に高いと考えています。
百八十年という、もう一つの周期もあります。1854年、ペリーが横浜村に上陸し、ここで開国の条約が結ばれました。その百八十年後は2034年です。土地の記憶が一巡して戻る頃、横浜にはもう一度、世界へ開く力が満ちるのではないか。私はそう見ています。かつてはカジノを含む統合型リゾートがその起爆剤になると考えていましたが、横浜は2021年にその誘致を取り下げました。いまのところ、その目はなさそうです。それでも横浜の地力は、カジノの有無で揺らぐものではないと思っています。
むすび
街の盛衰は、偶然の積み重ねのようでいて、二十年ごとに移る気の流れと、土地が抱えた長い記憶の上に立っています。八運の東北から、九運の南へ。次にどこへ住むか、どこで商いを構えるかを考えるとき、この大きな時間の地図はきっと役に立ちます。あなたの土地や物件が、これからの二十年とどう響き合うのか。ここではお話ししきれない、さらに深い見立てもあります。それはセミナーやまたの機会に譲るとして、気になる方は、ぜひ一度ご相談ください。