華語圏の解説を何年も読み比べていますと、この「時の物差し」には、大きく二つの流儀があることに気づかされます。 三元九運と二元八運です。 どちらも同じ180年を扱いながら、その刻み方も、いま私たちがどの時代に立っているのかという結論すら、静かに食い違っている。 その食い違いこそが、本場の理論を読む面白さでもあります。
三元九運、天体の運行を写しとった均等な180年
香港の堪輿學家・司馬翊は、三元九運を次のように定義しています。 180年をまず60年ずつ三つに分け、最初の60年を上元、次を中元、最後を下元と呼びます。 そして各元をさらに20年ずつ三つに割りますので、合わせて九つの「運」、すなわち九運=180年になる、というわけです。 すべての運がきっかり20年で、刻みが均等であることが、この流儀の特徴です。
なぜ「20年」「60年」「180年」なのでしょうか。多くの中国語サイトは、これを天体の運行に結びつけて説明します。 太陽系で最も大きい木星と土星は、およそ20年ごとに同じ方角で会合します。これを一つの「運」とみなします。 木星は約12年、土星は約30年で太陽を一周し、その最小公倍数である60年で、両者はふたたび同じ地点に戻ります。 これが「一元(60年)」にあたります。さらに九つの惑星が一直線に並ぶ周期が180年で、これを一巡(正元)とみなす。 つまり三元九運とは、星の巡りを地上の暦に写しとった理論なのだ、というのが本場の標準的な語り口です。 天を仰いで暦を立てるという発想に、私はいつも東洋の知のおおらかさを感じます。
近代の一巡は1864年(甲子)に始まり2043年に終わります。 華語圏のサイトは、おおむね次の年表を共有しています。
| 元 | 運 | 期間 |
|---|---|---|
| 上元 | 一運 | 1864–1883 |
| 上元 | 二運 | 1884–1903 |
| 上元 | 三運 | 1904–1923 |
| 中元 | 四運 | 1924–1943 |
| 中元 | 五運 | 1944–1963 |
| 中元 | 六運 | 1964–1983 |
| 下元 | 七運 | 1984–2003 |
| 下元 | 八運 | 2004–2023 |
| 下元 | 九運 | 2024–2043 |
この表に従いますと、2023年までが「下元八運」、そして2024年から2043年までが「下元九運」となります。 2044年になれば、また新たな上元一運から180年が回り出します。
実務では、その運の数字を九宮(3×3のマス)の中央=中宮に入れ、順に飛ばして 「飛星チャート(挨星盤)」を組み立てます。五黄も含めた九つの星をすべて使いますので、 この方式は中宮立極とも呼ばれます。 沈氏玄空・無常玄空・中州玄空といった主要流派は、いずれもこの「均等20年」の三元九運を採用しています。 玄空飛星派の事実上の標準と言ってよいでしょう。
中国語の解説サイトは、運ごとの「時代の気分」も語っています。司馬翊によりますと、 いま始まった九運は離卦に属し、五行は火。電子・テクノロジー産業、水素などの新エネルギー、文書・文化、美容、 そして「古いものの復興、レトロ」といった分野が栄え、方位としては南方、 すなわち東南アジア(シンガポール、タイ、ベトナム、マレーシアなど)やオーストラリアが旺んになる土地だ、とされています。 こうした時代論を鵜呑みにする必要はありませんが、本場の風水師が世相をどう読むのかを知るのは、なかなかに興味深いものです。
二元八運、卦の陰陽が決める不均等な180年
ところが、同じ180年をまったく別の刻み方で扱う流儀があります。それが二元八運(両元八運とも)です。 台湾・巃羽堂や知乎の玄空六法系の解説が、その理屈を丁寧に説いています。
まず、三つではなく上元・下元の二つに分けます。ですから「二元」です。 上元に一・二・三・四運、下元に六・七・八・九運を配し、五運は立てません。 八卦には中央(中宮)に対応する卦がなく、五黄を当てる卦が存在しないためで、 結果として運は八つ、すなわち「八運」になります。
そして最大の特徴が、各運の長さが均等ではないことです。知乎の解説は、その理屈を「体」と「用」で説きます。 運の並び順(後天卦の数)は「用」として後天八卦に従い、年数のほうは「体」として先天八卦の爻に従います。 先天八卦の24本の爻は陰陽が12本ずつ。そこで陽爻を9年、陰爻を6年と数えますと、 合計はちょうど180となり、180年で一元という大枠とぴたりと符合する。なんとも手の込んだ理屈です。
具体的な計算は次のようになります。たとえば一運は先天では坤卦にあたり、坤は三本とも陰爻ですから 6×3=18年。 二運は先天で巽卦、巽は陽爻二本・陰爻一本ですので 9×2+6×1=24年。 この調子で各運の年数を出しますと、卦の陰陽の組み合わせ次第で18・21・24・27年と、運ごとにばらばらの長さになります。 この算出法ゆえ、二元八運の運は先天卦運とも呼ばれます。
| 元 | 運(先天の卦) | 年数 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 上元 | 一運(坤・陰陰陰) | 18年 | 1864–1881 |
| 上元 | 二運(巽・陽陽陰) | 24年 | 1882–1905 |
| 上元 | 三運(離) | 24年 | 1906–1929 |
| 上元 | 四運(兌) | 24年 | 1930–1953 |
| 下元 | 六運(艮) | 21年 | 1954–1974 |
| 下元 | 七運(坎) | 21年 | 1975–1995 |
| 下元 | 八運(震) | 21年 | 1996–2016 |
| 下元 | 九運(乾・陽陽陽) | 27年 | 2017–2043 |
(※起点・境界の年は資料により1年前後ずれる場合があります。九運の乾は三本とも陽爻ですので 9×3=27年と、八運の中で最も長くなります。)
注目すべきは合計です。18+24+24+24+21+21+21+27 =ちょうど180。 運の数も長さも違うのに、トータルでは三元九運と同じ180年になり、 次の一巡の起点(2044年)も三元九運とぴったり一致します。 流儀が違っても、180年で一周するという大枠だけは揺るがないのです。
この方式は玄空六法(談養吾の系統)や大卦派などが用います。華語圏のサイトが繰り返し注意を促すのは、 「玄空六法の二元八運と、飛星派の三元九運を絶対に混同してはならない」という点です。 名前も数字も似ているだけに、取り違えますと鑑定そのものが狂ってしまいます。
二つの流儀が生む「7年のズレ」
ここまで来ますと、本場の解説を読み比べる面白さがはっきりしてまいります。 同じ「いま」を指していても、二つの流儀では結論が食い違うのです。
三元九運では、火の時代=九運(離火)が始まるのは2024年。 ところが二元八運では、九運(乾→離火)の起点は2017年。 つまり二元八運の物差しで測りますと、「離火の時代」は三元九運より 7年も早く、すでに2010年代後半から幕を開けていたことになります。
「九運に入った」「これからは火の時代だ」という同じ言葉でも、どちらの暦を採るかで指している起点が7年ずれます。 本場の風水師たちが流儀の混同をあれほど戒めるのは、まさにこの一点に実害があるからでしょう。
講座の結びに、そして次回のこと
セミナーのこの回では、中国・華語圏の解説を軸に、三元九運と二元八運という二つの「時の物差し」を並べてご紹介しました。 均等な20年で天体の巡りを写す三元九運。卦の陰陽で長さが伸び縮みする二元八運。 同じ180年を、これほどまでに異なる発想で刻んでいる。そこに、ひとつの真理を別の角度から照らそうとする東洋の知の豊かさが見える気がします。
続く回では、この物差しを日本の歴史に当ててみたいと思っています。 黒船来航と幕末の動乱は、はたしてどの「運」の節目に重なっていたのか。 本場の理論を、日本の事象という試金石にかけてみる。机上の暦論が、私たちの足もとの歴史とどう響き合うのか。 その検証は、あらためてコラムとしてお届けするつもりです。どうぞ気長にお待ちください。