星の学問は、ヴェーダの頂に立つ

ジョーティシュの古さは、並の古さではありません。その源流は、ヴェーダ祭式の正しい日時を定めるための天文学にあり、現存する最古の文献のひとつが、ラガダに帰される『ヴェーダーンガ・ジョーティシャ』です。ヴェーダを支える六つの補助学のなかで、この学問がどう位置づけられていたか。開巻の一句が雄弁に語っています。

yathā śikhā mayūrāṇāṁ nāgānāṁ maṇayo yathā、tadvad vedāṅga-śāstrāṇāṁ jyotiṣaṁ mūrdhani sthitam。 孔雀の頭に冠羽があるように、蛇の頭に宝珠があるように、ジョーティシャは、ヴェーダ補助学の頂きに立つ。 ラガダ『ヴェーダーンガ・ジョーティシャ』

祭りを正しい時に行うためには、空を正しく読まねばならない。つまりこの学問は、生まれた時から「時を択ぶ」ことを使命としてきたわけです。吉い時を選んで動くという発想が体系の芯に据わっている点は、後でお話しする中国の択日や奇門遁甲と、深いところで響き合います。

二十七の宿と、ダシャーという時計

現在のジョーティシュの骨格は、恒星を基準とするサイデリアル方式の獣帯と、月の通り道を二十七に分けたナクシャトラ、そして人生の時間を惑星ごとの期間に区切るダシャーにあります。とりわけヴィムショッタリ・ダシャーは、百二十年を九つの惑星期に配分し、いまどの星の時間を生きているのかを具体的に示してくれます。

私が鑑定でジョーティシュを使うのは、まさにこの時期読みの切れ味ゆえです。四柱推命の大運と重ねて眺めると、人生の波が立体的に浮かび上がってくる。文明の異なる二つの物差しが同じ時期を指したとき、その読みには、一つの体系だけでは得られない確かさが宿ります。

ヴァーストゥ、住まいに横たわる原人

いっぽうのヴァーストゥ・シャーストラは、インドの建築と住まいの知恵です。南インド系の『マヤマタ』『マーナサーラ』、六世紀のヴァラーハミヒラが著した『ブリハット・サンヒター』の建築章など、多くの古典が伝わっています。『マヤマタ』はその冒頭近くで、ヴァーストゥとは「不死なる神々と、死すべき人間の住まうところ」だと定義しました。住まいとは人だけの容れ物ではない、という宣言から始まるのです。

ヴァーストゥの象徴が、ヴァーストゥ・プルシャ・マンダラという方形の図です。敷地に原人(プルシャ)が、頭を北東に、足を南西に向けて横たわっていると見立て、その身体の上に八×八や九×九の格子を引き、東はインドラ、南はヤマ、西はヴァルナ、北はクベーラと、方位ごとに神々を配していきます。地・水・火・風・空の五大を方位と結びつけ、水回りや炉や寝室の位置を定める。住まいを一個の生きた身体と見るまなざしは、家を人体に見立てた『黃帝宅經』を思わせて、遠く離れた二つの文明の発想がこれほど似ることに、いつも驚かされます。

いま、インドで起きていること

興味深いのは、このヴァーストゥが現代インドで大変な勢いを持っていることです。一九九〇年代の経済自由化で不動産市場が花開いて以降、ヴァーストゥは目覚ましい復興を遂げました。都市部の物件広告には「ヴァーストゥ準拠」の文字が躍り、専門のコンサルタントが職業として成立し、間取り図の診断がひとつの産業になっています。

もっとも、急な隆盛には影もつきものです。玉石混交の術者が現れ、科学の名を借りた迷信だと批判する声も、インド国内に根強くあります。伝統の看板を掲げる者が増えるほど、本物と看板だけの者の見分けが難しくなる。これは実のところ、風水鑑定の世界とまったく同じ構図で、他人事とは思えません。

時はジョーティシュ、場はヴァーストゥ

中国の術と見比べると、インドの分業のかたちがよく見えてきます。中国では、玄空飛星のように「時間とともに家の吉凶が動く」という発想が発達し、方位と時期の択び(択日・奇門遁甲)も風水と地続きに扱われます。いっぽうインドでは、住まいの理想形はヴァーストゥが方位と格子で定め、いつ建て始めるか、いつ入居するかという時の択びは、ジョーティシュの一分野であるムフールタ(吉時選定)が受け持ちます。時はジョーティシュ、場はヴァーストゥ。二つで一そろいの知恵なのです。

違いもあります。ヴァーストゥの吉方位は、北東を聖とするように、おおむね万人共通の固定形で語られます。対して私の用いる中国風水は、建物の坐向と築年で盤が変わり、住む人の命卦で吉方が変わる。一軒ごと、一人ごとに答えが違うという前提の深さは、中国系の理気風水の際立った特色だと感じています。

正直に申し上げると

冒頭でも触れたとおり、私はヴァーストゥを学び、その理路の美しさに敬意を持っていますが、専門家ではありません。ですから当方の住まいの鑑定は、あくまで本場中国の風水理論で行います。それでも隣の文明の答えを知っておくことには、確かな意味があります。異なる体系が同じ結論を指すとき、その原則はおそらく人と環境の普遍に触れている。異なる結論を出すとき、そこには各文明の前提の違いが映っている。ヴァーストゥを知ることは、風水を外から眺め直す鏡を持つことなのです。

むすびに

ジョーティシュは、祭祀の時を正すために空を読んだ学問の末裔であり、ヴァーストゥは、神々と人がともに住まう場を整えようとした建築の知恵です。時と場所。人の力で選べるこの二つを大切にする心は、ガンジスの畔でも、黄河の畔でも、変わらなかったのだと思います。

当方の鑑定では、インド占星術(ジョーティシュ)を四柱推命や紫微斗数と組み合わせ、人生の時期読みの精度を高める形で用いています。ご自身のダシャーがいまどの惑星期にあるのか、大きな決断の時期をどう見立てるか。ご関心のある方は、どうぞ一度ご相談ください。